「阿吽」の本当の意味を知れば、安閑としていられないはずだ。
「阿吽」の呼吸というものがあるらしい。夫婦もベテランになると息が合ってくる。つまり会話がなくなってくるのだ。一日中顔をつき合わせている状況下でも、喋る話題などなく、目と目を合わせるだけで、相手の言わんとすることを理解し、行動するようになるという。 とある休日の日、愛妻がリビングでコーヒーを飲んでいる。 「美味しそうだなぁ、僕にも淹れてくれない?」「なに言ってんのよ、自分で淹れたらいいじゃない」 「わかりました。えーっと僕のカップはどこだっけ?」 「棚の二段目にあるじゃない。違う、それじゃないって」 「あ、これか、ごめんごめん」 それでも随分会話があるように思われるだろうが、みんな心の中で言っているだけで声に出してはいないのだ。一、二度、目があっただけであり、声になったとしても、「あっ」と「うん」で事足りるのだ。つまり、「阿吽」の呼吸とはそういうものらしい。随分仲が良さそうに見えるが、全く持って勘違いと考えた方がいいだろう。このことは言葉にすれば、無用な争いになる恐れがあるからであり、お互いに本番のための体力を温存しているに過ぎないのだ。それが証拠に、大きなお寺に行ってみるがいい。門の左右に、目をカッと見開いて、すごい形相の仏像が左右に立っている。これこそが、「阿吽」の本来の姿なのだ。「こわっ」。
2007年の熟年離婚は4万組を超えたという。10年前のおよそ10倍である。亭主たちよ、「阿吽」の呼吸などと言っている場合ではない。妻から突然の三行半を突きつけられ、「あっ」と驚けば、「うん」とだけ返された亭主は枚挙にいとまがない。会話は心の中でするものではなく、声に出すのが正解であることを肝に銘じるべきであろう。 夫婦が熟年になって神社仏閣巡りをするのは、「阿吽」の呼吸の本当の意味を理解するためなのかも知れない。 「今度の連休、京都のお寺巡りもイイわよね」。超こわっ。
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