教育の現場が悲鳴をあげているという。このことは家庭教育の崩壊をも意味している。もはや、教育すべきは親から、の時代に突入したのだ。 教育とは、教え育てると書くが、親は子どもに何を教え、どう教育すればいいのかがわからないのかも知れない。国は、早急に、親になるための心構えや自分の子どもに何をいつの時点で、どのように教えるのかのマニュアルを提示すべきであろう。編集子は、教育を数学や英語などの学問と捉えられていることに大きな問題が潜んでいる気がしてならない。 学問は、教育のひとつの種類であって、優先順位からすれば相当下位に位置しているものではなかろうか。教育のプライオリティ(優先順位)は、まず、〃命の尊さ〃を教えること、次に〃愛〃について、そして、〃思いやり〃や〃我慢〃についてなど、数え上げればキリがない程。何しろ勉強は、十数番目に出てくる教育であることに大人は気付く時がきた、といっても過言ではない。つまり、知識は、心ができてから、心を作ってからでも遅くはあるまい。心を作らないままに育った若者がどんな事件を起こしているか、学問だけを詰め込まれ育った親がどんな家庭教育をしているかは、読者がご承知の通りである。昔の日本は、その順番が地域社会全体で自然にできるシステムになっていたが、核家族や高齢化社会の今は、その機能が完全に壊れてしまっているのだ。
教育論など振りかざす知識も能力もないが、子どもの世界は、大人の世界を映し出す鏡であること位はわかっている。知識を詰め込む教育の現状と、必要のない知識が無差別に入ってくる便利な文明に、子どもや若者の心が追いついていないのだ。 親よ、大人たちよ、教育の原点を今一度、見つめ直そうではないか。
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